最期の選択を




ハルさんは腹水が溜まってしまって、しんどそうだ。
腹を引きずりながらやっと歩けるという状態で、息が苦しそうで熟睡もできていないらしい。
排泄の時も唸り声なのか悲鳴なのか、凄まじい声をあげる。

腹水の治療法は、針を刺して水を抜くか、利尿剤で水を抜くかの二択。

でも水なんて溜まるものだから一度抜けたら終わりではない。
一時的に良くなりはしても、また苦しくなるだけ。

そして針を刺すという治療はもうやらせたくない。
本人が明らかに嫌がる、治療自体に苦痛が伴うことは、もうやめようと思っていたところだった。

延命のための治療も、もう望んでいない。

となると、もうできることがない。
何をしても良くならない、延命の治療しかできないんだから。

でも私はハルさんを連れて病院に向かっていた。
一体私は何をしに行くんだろうかと思いながら車を運転していた。

病院ではやっぱり思った通りのことを言われた。
そしてこれからを考えなければいけないと。

もう何もできない、とわかってはいても迷ってしまうもので。

自分で自分を納得させるというのは難しい。
ペットが「こうしてくれよ」と言ってくれれば楽なのにね。
ペットの気持ちなんて考えてもキリがない。考えたところで結局は飼い主の意思でしかない。彼らは何も喋ってくれない。

迷った挙句、利尿剤を二日分もらって帰ってきた。
晩に飲ませて確かに排泄の回数は増えたが、体調には今のところ何の変化もなく相変わらずしんどそうである。

今までは自宅で私が看取るということだけを考えてきたけど。それはハルさんが穏やかに最期を迎えてくれることが前提になる。
そう、穏やかに最期を迎えること。それが私の願いだった。

残念だけど、そんなことはもう有り得ない。

病院に行ったのは、自分でなかなかキリをつけられないから。
もうムリならムリだと、今までハルさんを診てきてくださった先生に説明してもらって、ちゃんと納得したかったのだと思う。

そういう意味では、行ってきて良かったかなと。

分厚くなったハルさんのカルテ。
頑張ってきた記録がこんなにたくさんあるのだから、どれを選択をしても間違いではないよと先生は言ってくれた。

何を選んでも後悔は残るということもわかっている。
今までもそうだった。

だけど、私たちは頑張ってきた。
あとはお互いの幸せを考えるだけだ。

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