日記を書き残す楽しさと、日記を読み返す楽しさを私に教えてくれた「新潮文庫 マイブック」




溜まっている古い日記やノートをいつか何かのタイミングで処分しなければいけないなあと思っているのですが、その中に、ダンボールに入れて大事にしまっている日記帳があります。
(大事にしまってるとか言いながらダンボールに突っ込んでるのかというツッコミは無しで…)

それがこの写真に写っている「新潮文庫 マイブック」です

「新潮文庫 マイブック」とは

その名のとおり新潮文庫から毎年出版されている日記帳です。
1日1ページの無罫。
ページにはタテ書きで日付と曜日のみ。

もちろん文庫本サイズ(A6)で、紙も文庫本と全く同じものが使われています。

余分な装飾がないのでそれこそほぼ日みたいな使い方もできるにはできるんですが、万年筆やマーカー、クリーンカラーみたいな色ペンは裏抜けしますし、貼りものしていればおそらくほぼ日以上に太るような気がします。

筆記具で楽しもうとかデコろうとか、そうゆう使い方には向いてません。

ちなみに、当時はもちろん万年筆なんて持っていなくて、文字を書く時は必ずハイテックでした。
なんでかわからんけどハイテックしか使ってなかった。

2000年〜2008年まで使い続けたマイブック

…ということで私が16歳〜24歳の頃に使ってたわけですが、まあ16歳の頃なんて恐ろしく遠い昔のことで。

大掃除の度についつい手に取って読んじゃうんですけど(大掃除あるある)、なんかね、昔のこと過ぎるせいか、違う人が書いたみたいに思えたりするんですね。
「これほんとに私が書いたのか?」と。

それは自分がその時より成長したからなのか、それとも逆なのか。

もはや自分の日記というよりも、ひとつの読み物です。
誰かの人生を覗いてるような、でもそこにあるのは自分の手で書いた自分の記録なわけで、毎回不思議な気持ちになるのです。

自分の感情に逆らわずに、自分の手で

昔の日記を読んでいて思うのは…
決して、いつもきれいな字で書いてたわけではないんです。
ギリギリ読めるってくらいきったない字で走り書きしてる時もありますし。

ここ数年の私は「隙間が嫌だ」とか言ってやたらページを埋めることにこだわってたんですけど(今もそんなところはあるけど)、昔は全く気にしていなかったようで。


↑このやる気のなさとかほんと酷い

でも意外とやる気のない時の日記の方が後から見て笑えたりする。

怒りに任せて殴り書いたようなもの。
力のない文字と少ない言葉で、疲れや落ち込みを感じるもの。
細かい字で隙間なくギッシリ書いて、その日の充実感を感じさせるもの。

日記の内容ももちろんなんですが、その時の字の書き方ですよね。
字の書き方から、なんとなくだけどその時の喜怒哀楽を感じる事ができる。
感情に任せて手書きすることで、字の中に自分の感情を残すことができるんだなあって。

パソコンやスマホでは、それは表現できない。
これは昔の日記を読んでていていつも感じることです。
もちろん当時はそんなことは頭の片隅にもなく、ほんとにただ思うがまま書いていただけなんだけど。

「人に見せる意識」に消された本当の感情

ここ数年は、ほぼ日手帳だとかいろんなアイテムを知って、SNSの普及で手帳や日記のいろんな書き方を見ることもできて。



※昨年instagramにアップしてたほぼ日手帳とトラベラーズノート

時にはSNSで人に見せる前提で、いつもきれいな字で書こうとか、イラストを上手に書こうだとか、マスキングテープできれいにデコろうだとか…
そんな風にしてた時もありました。

なるべくモザイクかけなくてもいいようなことを書こう、とかね。
まあ、続きませんでした。

疲れてたりしんどかったりやる気がなかったりという時に「キレイに書こう」とか「可愛くデコろう」って頑張るのは結局自分の感情に反しているわけで。

モザイクかけなくてもいいことを書こうとか今思えば「は!?」だし、続かなかったのはおそらくその辺りが原因でしょう。

実際、そんなことをあれこれ気にして書いていた頃の日記(というかほぼ日)は今読み返してもあんまりおもしろくないんだ。
「よくこんなにデコってたなー」「すげー頑張ってイラストとか書いてたな〜」とか感心することはありますけど。
取り繕ってるような自分しか見えてこない。

それはそれで振り返りとして有りなんだけども、当時のほんとの感情が「人に見せる」意識に消されちゃってるもんだから、書いてあることを読んでも面白味を感じないんだろうなあ。

もちろんそういった日記の書き方を否定するなんてつもりもなく。
それがその人にとって心底楽しかったり1日の楽しみであったりストレス解消になるのであれば、それは素晴らしいこと。
SNSに出して見てもらおうってことでモチベーションを保てるところもありますしね。
楽しみ方もやる気の出し方も人それぞれ、と。

ただ、私が未来の自分に残していきたい日記にはそうゆうものは不要だったのだと。

これだけ続けたマイブックを何故やめてしまったのか

これだけ長く使い続けたのになんで辞めたの?って話ですけど、これは単純にいつも買いに行ってた書店から消えてしまったからです。

その頃はまだ、今みたいにネットでなんでもかんでも買っちゃうっていう暮らしではなかったので、書店で見つからないからじゃあネット探そうっていう思考にならなかったんですね。

「あれ〜?もうなくなっちゃったのかな…」
で、そのまま終わってしまったのです。

なんでもかんでもネットで買っちゃう暮らしになった今になって、その後もずっと毎年販売され続けていたということを知った次第です。

またこうして売ってることがわかったとはいえ、じゃあもう一度使おうって思ったりするわけではないんだけど…

「日記」の本来の楽しさを教えてくれるシンプルな日記帳

私に日記を書くという楽しさを教えてくれたのはやっぱりこのマイブックで、今また再び、どんな日記がおもしろいかを私に教えてくれたのもやっぱりこのマイブック。

私にとって特別なアイテムです。
もう買わないと言いながらこんなこと書くのもおかしな話ですけど、どうか今後も廃盤にならず、日記を書くことの楽しさを誰かに教えてくれる存在でいてほしい。

ただただ、その時の出来事や自分の感情のありのままを書き綴る。
使用する筆記具を楽しんだり、イラストを添えたりマステでデコるのは、日記を書くからこそ付いてくるオマケだった。(←私にとってはね)

そのオマケを、いつの間にか「日記を書くこと」よりも重要視してしまっていたんですね。

様々なこだわりが増えたりしてくると、根本的なことを忘れてしまいがちなのだけども。
そうゆう時に「そうだ、これが日記だ」と初心に戻してくれるのが、かつて自分が書き続けてきたマイブックです。

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