自宅の古い写真を漁ったら写真が持つ本当のチカラがわかった気がする




今ね、年に2回の連休中なんです。
でもあれやこれやでくたびれちゃって、遊びで外出する予定はありません。
手帳会議したり部屋の片付けしたりして過ごそうと思います。

さてさて連休1日目の本日は、午前中はハルさんの病院(←これについてはまた後日)、午後は自宅にある古い写真を漁ってました。

目的は、祖父(以下、爺)の写真をデータに残すということだったんだけど、爺は私が小学校の中学年あたりの頃に亡くなっているので、実際のところうっすらした記憶しか私には残っていない。

一緒に住んでいたわけではなく、会うのは年にたったの2、3回だったしね。

私のハイパー守護霊でおなじみ

うちの爺と言えば、私のハイパー守護霊であり(勝手に思ってるだけ)さらに美形だということで、密かにこのブログにも一度登場しています。

 

まあどの写真を見ても子どもの頃から亡くなる直前までイケメンですわ。

私が生まれた頃には既に病気をしていて、老け込んでたりむくんでいたりとそんな写真もたくさんあるんですけど、それでも薄れないかっこよさ。

おっと、今日は爺のイケメン話をしたいわけじゃないんです。

うっすらした爺との思い出

最初に「爺との思い出はうっすらとしか残ってない」と書いたんですが、しっかり記憶に残っていることと言えば。

いつも「ていッ」と怒鳴られていたこと。
(怒ると何故か「ていッ」と言っていた)

「のえには敵わんなあ」と笑いながら言われていたこと。

ポケットに手を突っ込んで庭に立っていた姿。

この程度なんです。

私の代は男ばかりで、女は私ひとり。
女らしい遊びなどとは無縁で従兄弟が来れば一緒になって悪さしかしなかったもんですから、ほんと怒られてばっかの記憶しかないんですよ。

隣の家の庭に侵入して勝手に基地を作った時は怒られまくって大泣きしたのを今でも覚えている(そりゃ怒られるわな…)
とにかく、眉間にシワ寄せてる顔なんかははっきりと思い出せるんだけど…

写真を見ているうちに、もう私の脳から消えていたはずのことが沸々と蘇ってきた。

写真に呼び起こされた記憶

うろ覚えになっていた爺の声まではっきりと思い出した。
「のえには敵わんなあ」「ていっ!」の時の声しか思い出せなかったのに。

GWになると、弟や従兄弟たちのためにデカイ鯉のぼりをいつも立ててくれていたこと。
そう、私が覚えている「ポケットに手を突っ込んで庭に立っていた」あの姿は、鯉のぼりを立てた時のことだ。
立てた鯉のぼりを見上げていた爺の姿だ。

爺が食後に飲む薬の袋をいつも開けていたのは私だ。
柔らかくてプニプニしたカプセルの薬があってね。
それを、勝手に薬の袋を開けてプニプニして遊んでいたんだ。

「のえには敵わんなあ」
このセリフは、爺の薬で遊んでいた時にいつも言われたセリフだったんだ。

遊びにいけばお風呂に入れてもらっていたこと。
こんなに一緒に入ってたのか!というくらい一緒に風呂ってる写真がわんさか出てきた。

お盆は花火で遊ぶ私たちの横にいつもついていてくれたこと。
花火の写真はどのアルバムにも入ってました。
写真があったわけじゃないけど、爺のお仕事姿を見に連れてってもらったことまで思い出してしまった。
あれはいくつくらいの時だったんだろう。

まだほとんど骨組みだけの家の前を、爺がデカイ木材担いで歩いていた姿がふと頭をよぎった。
うちの爺は腕の良い大工さんだったのですよ。

消えていた爺との思い出が、残された写真たちの力で沸々と蘇る。

私、「趣味は写真です」って言い始めてもう3年が経とうとしてるんだけど。
なんか、「写真」ってモノが本来どういうモノであるべきなのか、思い知らされた気がする。

これは先日の記事でもチラッと書いたけど、こうして消えた記憶までも呼び起こす力が、写真にはあるのだ。
たとえブレてる写真でもね。

ここにある写真たちが本当の「写真」なのかもしれない。
道具や撮り方や腕なんて、実はほとんど関係がないのかもしれない。

残るものは結局、被写体の生き生きとした姿と、撮り手の生き生きとした気持ちだけなのかもしれない。

今一番会いたい人

今更だけど、爺と話したいこととか聞きたいこととか沢山あるんだよねぇ。
今一番会って話したいのは、爺なんです。
なんであんなに早く死んじゃったんだよ〜。

幽霊で出てこられるのはちょっと怖いので、夢の中にでも出てきてくれんかしらね。

でもね。
聞きたかったことのひとつは、写真を見ていて少し解決しました。
まあ、爺の生い立ちやら祖母のことやら色々とあって…

「どうゆう人生だった?」「幸せだった?」って聞いてみたかったんですよ。

ほら、私も怒られてばっかの記憶しかなかったからさ。
眉間にシワ寄せてね。

でも写真の中の爺は、たくさん笑ってました。

私や従兄弟を抱いて写っている爺は、眉間にシワなんか寄ってなくてデレデレの笑顔ばかりだった。
私や従兄弟と一緒におどけた顔してる写真もあった。
おどけるイメージとか全くなかったので驚いた。

これだけ色々思い出しても爺と何を喋ったなんていう記憶はあまり出てこなかった。
誰に聞いても同じこと言うんだけど、爺は基本無口で黙々とお酒を飲む、そうゆう人だった。
「喋る」ということでストレスを発散することができなかったが為に、結局お酒で身体を壊してしまったのだ。

でも、中にはお友達と思われる人たちと楽しそうに飲んでいるこんな写真も。

一番左にいるのが爺。
この1枚を見た瞬間、なんだか少し安心したものです。

昔のものとはいえ、身内の写真をこうして表へ出していいものかどうか悩みました。
この記事自体、書くのをよそうかとも思いましたが。

何気なくやってみたこの写真漁りの時間は、結果私にとってとても意味あるものになった。
なので、こうして残すことに決めました。
爺、勝手に写真出してごめんね。

他にも素敵写真が山ほどありまして放出したい気持ちも山々なのですが、あとは自分の中に留めておこうと思います。

※この記事の写真は極私的なものでありますので、転載を固く禁じます。