9年続けたTwitterをやめてみて感じていること

9年くらい続けていたTwitterを、先日やめました。

最初はやめるつもりじゃなくて、色々思うところもあり疲れてしまったので、少し離れてみようという気持ちで見るのもツイートするのもやめてました。
でも離れて1ヶ月くらいしたら「もうやめちゃってもいいかな」と。

やめて1週間ほど経った今、Twitterをやめてみて自分が感じたことをちょっとまとめてみます。
今はSNS疲れとかそんな言葉もあるから…やめようか迷ってる方の参考にでもなれば。

Twitterをやめるにあたり「困るかも」と思ったこと

やっぱりいざアカウント消そうってなると「本当にいいのか?」という思いが頭をよぎりました。
9年間、Twitterがあってあたりまえの生活だったので。

世の中の情報に疎くなるのでは?

テレビは野球中継とプロ野球ニュースくらいしか観ないので、情報源のほとんどがTwitterからでした。
自分の趣味に関わることだけではなく、世間で話題になっているネタとかニュースとかですね。

そんなわけで、Twitterやめたら全然何にも知らない人間になってしまうのでは?という不安があった。

何も呟けなくなることによりストレスがたまるのでは?

何かいいことあったらうきうきでツイート。
嫌なことがあったらすぐツイートしてストレス発散。

そんな毎日ですから、Twitterがないと吐き出す場所がなくなる。
それって物凄いストレスになるんじゃないかという恐怖。

推し活に支障が出るのでは?

推し活はオタクの命。
Twitterは好きなだけ推しを語れる大切な場所でした。

映画見たら感想をツイート。
雑誌を買えば記事の内容についての感想をツイート。
素晴らしいグラビアを見つけらたら興奮してツイート。

これができなくなるのは、オタクとして非常に苦しい。
溢れる愛を一体どこで叫べばいいんだい?

フォロワー様との交流はどうするの?

一番悩んだのが、これでした。

私は人付き合いがあまり上手じゃないから、そんなに大勢の人と絡んでいたわけではない。
それでもリプやDMで絡んでくださる方、貴重な情報をくださる方がいて、その方たちとのやりとりも、もちろん楽しみのひとつでした。

Twitterやめたら、そういう方々とのお付き合いもなくなってしまう。
しかしこれは、やめる時にこちらからDMなりでお声をかければ良かったことなんだけど…

実際やめてみてどうだった?

不要な情報が目に入らなくなった

世の中の情報に疎くなるかも問題については、これは正直言ってあまり気にならなかった。
というよりも、別に知らなくても困らない情報がほとんどだったんだなということに気が付いた。

むしろ情報過多で頭の中がぐちゃぐちゃになるストレスから解放されました。

取捨選択って言葉がありますね。
不要な情報が目に入っても、これは要らないと思えばその場で切り落としちゃえばいいわけですけど、私はそれができるほど器用じゃないので。
目に入ったものは頭の中に残ってしまう。

Twitterやってなくても、知りたいことがあればリアルタイム検索でも使えばいいんですよね。
それで本当に必要な情報だけ取り出せばいいだけなんだ。

それと、こういう話題は見たくないんだ、精神衛生上良くないんだという事が人それぞれあるかと思うのですが。
それを他人に「ツイートしてくれるな」と言うのはおかしな話ですから、ブロックするなりミュートにするなりして凌いでいました。

それでも様々な情報が縦横無尽に流れてくるのがTwitter。
知りたくもない話題が土足で人の頭の中にズカズカ入ってくるのがTwitterです。
とっても凌ぎきれません。

Twitter見る=自分からストレスために行くみたいなもんだったんだね。

呟かなくてもストレスはたまらない

3日で慣れました。
何かあったら手帳や日記に書いて、それで済んでる。

そもそも今まで呟いていたそれは、別に人に言うほどのことでもなかったってことですよ。
随分どうでもいいこと呟いてたんだな、って恥ずかしくなったし、そんなどうでもいい呟きをTLにドカドカ投下していたことを申し訳なく思う。

でもそれができるってのがTwitterの良いところでもあったんだけど。

Twitter外でも交流はできる

頻繁にDMでもやり取りしていた方にはご連絡して、今もやりとりさせていただいてます。
快く受け入れてくださって、本当にありがたかった。

DM送る勇気が出なくて、結局連絡出来ず終いになってしまった方もいます。

Twitter外でまで私とやり取りしたいだなんて相手の方は思ってないかもしれないし、むしろ迷惑なんじゃないか。そんなことを思って。

せめてツイートでご挨拶を…とも考えたんだけど、「やめる時にツイートで挨拶するのは構ってちゃんだ」という意見がネットに転がってて。
そんな風に思われるのも嫌だと思って、やめました。

おそらく、ご連絡した方以外は私のアカウントが消えてることも知らないと思う。
1ヶ月くらい書き込みも何もしてなかったんだし、一人TLから消えたって誰も気付かないからね。

ここで言っても伝わらないけど、Twitterでお世話になった方々へ。
直接ご挨拶ができず、申し訳ありません。
今まで本当にありがとうございました。

推し活はTwitterじゃなくてもできる

個人のアカウントとは別で推しの発言を紹介するbotをやっているので、そっちで多少補うことができました。

もちろんそこは推しの発言がメインですから、自分の私情というか、映画や記事に対する自分の感想なんかはそこには書くことはできないけれど、そっちはそっちで、映画ブログの方で書けますしね。
そんな感じで活動の場所が他にもあるので、そんなに困りませんでした。

むしろ、あっという間に流れていってしまうTwitterよりも、きちんと残るブログの方にしっかりシフトチェンジする方向に行けたので良かったと思います。

めちゃくちゃ時間ができた

これ、Twitterやめたって書いてる皆さん口を揃えて仰られてますけど、ほんと暇さえあればTwitter開くのが癖だったので、それをしなくなったらもう時間が余る余る(笑)

最後の数ヶ月なんてもう神経質になっちゃって、何呟くにしても「これは言っていいのか」「この書き方で大丈夫なのか」っていちいち考え込むようになっていたし、無意識のうちに相当Twitterに時間かけてしまってたんだなあと。
一体誰に対してそんなに神経すり減らしてるんだ?って話ですけど…

とにかく、余った時間を今こうしてゆっくりブログを書く時間に充てられてるし。
寝る前にTwitter開いちゃってウダウダして結局寝るのが遅くなるなんてこともなくなりました。

うっかり発言による罪悪感から解放された

酷い物言いや高圧的な書き方をしてるツイートが流れてきて嫌な気分になることも多かったので、自分はそういう言い方はするのはよそうってことで気をつけてはいたんですが、ムッとした勢いで結局同じことをしてしまうということもありました。

後で「しまった」と思って消してもしばらくTLには残りますしね。
修正すれば済むようなことでも、そのツイート自体を修正することはできない。
Instagramみたいに、後で修正する機能でもあればいいのにと何度思ったことか…

「これはほかの人が見たら気を悪くするのではないか」
「こんなこと書くんじゃなかった」
「お門違いなリプを送ってしまったかもしれない」

ツイートした後でそんなこと思ったってもう遅くて、やっちまった時の罪悪感といったらない。
自分の考えの足らなさ、性格の悪さにガッカリしてしまうなんてことがしょっちゅうでした。

例えば誰かが、私の推しのことを悪く言っていたとする。
映画観て、やれ演技が手抜きだとか、下手くそだとかね。
誰それと比べてこっちは全然ダメだ、とかさ。

それ見てムカっとして、直接は言わないけれど(←これがまた性格悪い)噛み付くようなツイートをしてしまったり。

人それぞれの見方感じ方があるのだから様々な意見があって当然なのにと、冷静になってから思う。
その時の罪悪感。

もう書くことも見ることもしないから、腹を立てることもないし、そういった罪悪感からは解放されました。

…こういう人は、Twitter向いてないんでしょうね。

まとめと余談

今は余計なストレスから解放されて、以前より精神的には健康な生活ができていると実感できています。

あってあたりまえだったものを手放す時って、人間やっぱり迷うものです。
嫌なことばかりだったら喜んでさっさと手放すけどさ。
そうじゃない、良いことだってたくさんあったから迷ったんですよね。

この9年間を改めて振り返ってみると、私も変わったかもしれないが、Twitterも変わったんだなあとしみじみ思う。

昔のTwitterって、今みたいな感じじゃなかった。
何か言って怒られたりとか、とんでもない反論や主張押しつけリプ(所謂クソリプ)がいきなり飛んできて困るなんてことは、昔はなかったですよ。
気に入らないツイートをスクショして晒すような人もいなかったし、ひとつのツイートに対してよってたかって叩きまくるなんてことだってなかったよ。自分の覚えている限りでは。

もっと独り言感が強くて、気楽に何でも言えた。
好きなこと言って好きな話題に絡み、好きな人と交流してた。

そういうTwitterが好きで自分にも合っていたと思うんですけど、今はもう違うってことで。
もう私の居る場所ではなくなった。

…いやぁ、懐古厨丸出しの締めをしてしまいまして、ごめんなさい。